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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)1626号 判決

原告

マザリン・ガス・キャリアーズ・インク

右代表者社長

ホセ・アブレゴ

右訴訟代理人弁護士

渡邉康

田村幸太郎

片山昭人

權田光洋

牛嶋龍之介

井上治

長瀬博

井上正範

上田正和

小島健一

池袋真実

牛島信

右訴訟復代理人弁護士

東道雅彦

被告

株式会杜兵庫銀行

右代表者代表取締役

吉田正輝

右訴訟代理人弁護士

山口修司

神田靖司

大塚明

中村留美

内芝義祐

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一一億九九六六万〇九九三円及びうち七億九〇一六万三五〇七円に対する平成八年二月二三日から支払済みまで年八分の割合による金員、うち四億〇九四九万七四八六円に対する平成八年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

(保証債務履行請求)

1 (被告の無因保証)

被告は、平成四(一九九二)年七月六日、原告に対し、寺岡造船株式会社(以下「寺岡造船」という。)と原告との同年六月一九日付けLPG等輸送船造船契約(以下「本件造船契約」といい、本件造船契約の目的とされた船を「本船」という。)に関して、寺岡造船の原告に対する造船代金前払金返還債務について、以下の約定の保証状(甲一、以下「本件保証状」という。)を発行し、原告のために、右債務の支払を保証した(以下「本件保証」という。)。

本件保証は、被告が以下の支払条件を満たす場合にはその条件のみによって本件保証状に基づく義務を履行しなければならず、寺岡造船の右前払金返還義務の有無など原因関係とは無関係にかつ原因関係に拘束されることなく、銀行(被告)が受益者(原告)に対して支払を行うことについての銀行による保証であり、英国法上「ディマンド・ギャランティー(Demand Guar-antee)」(以下「無因保証」という。)と称されるものである。

(一) 支払限度額

右前払造船代金合計九億五七〇〇万円及びこれに対する右前払金支払日から支払済みに至るまで年八パーセントの割合による利息金

(二) 支払条件

原告が、被告に対して、原告が寺岡造船に対する造船代金前払金返還請求権を取得するに至った事情及び原告が寺岡造船に対し書面によって右前払金返還請求をしたが請求日から七日以内に寺岡造船から右前払金及びこれに対する利息金が支払われなかった事実を記載した書面を提出することにより、被告は、原告が右書面を提出した日から二一日以内に、原告に対し、右前払金及びこれに対する利息金を支払う(以下、右請求手続を「第二頁請求」という。)。

(三) 準拠法 英国法

(四) 専属管轄裁判所 神戸地方裁判所

2 (支払条件の充足)

(一) 原告は、寺岡造船に対し、本件造船契約に基づき、次のように合計六億三八〇〇万円の造船代金前払金を支払った。

平成四(一九九二)年八月二二日

一億五二五〇万円

同年一二月九日 一億六〇〇〇万円

同年一二月二一日 六五〇万円

平成五(一九九三)年六月二四日

一億五九五〇万円

同年七月二三日 九九五〇万円

同年八月四日 三〇〇〇万円

同年八月二三日 三〇〇〇万円

(二) 原告は、平成六(一九九四)年六月一〇日、被告に対し、第二頁請求の手続に従って保証債務履行請求書を送付し右請求書は同月一五日に被告に到達したから、被告は、同年七月六日までに本件保証状に基づく支払債務を履行すべき義務を負う。

3 (法定重利の組入)

原告は、平成八(一九九六)年二月二三日被告に到達した書面により、被告に対し、本件保証状に基づく保証債務の履行を催告するとともに、右催告の到達後一週間以内に約定利息金の支払がない場合には右催告到達後一週間を経過した日において右催告到達日までに発生した利息金を保証債務の元本に組み入れる旨を通知した(以下「通知①」という。)。

原告が、右通知により元本に組み入れた利息金額は合計一億五二一六万三五〇七円であり(その内訳は別紙(一)のとおり)、造船代金前払金と右利息金の合計は七億九〇一六万三五〇七円である。

(不法行為に基づく損害賠償請求)

1 (被告の欺罔行為)

(一) 寺岡造船は、平成五年九月時点での従業員数は四三名の小規模会社であり、その経営状態は、昭和五九年度以降平成四年度まで一度も経常利益を計上できず、平成四(一九九二)年度における債務超過額は、四五億円を超え、近い将来倒産することが必至の危機的状況にあり、平成五(一九九三)年九月九日には、神戸地方裁判所洲本支部に和議手続開始の申立てを行うに至ったものである。

(二) 本船は、全長95.55メートル、総トン数二八三〇トン、タンク容量三〇〇〇立方メートルという相当大規模なLPG・LAG・VCM運搬船であり、建造費は一五億九五〇〇万円である。かかる船を完成させるためには相当の造船技術のみならず相当の財務能力が必要であるから、寺岡造船の右財務状態に照らせば、寺岡造船が本件造船契約にしたがって造船する意思も能力もなかったことは明白である。

そして、被告は、本件造船契約が締結された平成四年当時、寺岡造船の主要な取引銀行であったから、寺岡造船の信用状態を把握して巨額の債務超過の存する危機的な状態であることは認識していたはずである。また、本件保証状は無因保証である上、保証限度額が九億五七〇〇万円という高額なものであるから、本件保証状の発行にあたり被告が寺岡造船の経営状態についての確認を怠って、これを認識していなかったことはありえない。

(三) 原告は、本件造船契約締結にあたって、寺岡造船に本船を完成させることができる財務能力があるかどうかに重大な関心があったが、寺岡造船は典型的な同族会社であることから外国法人である原告や外国人である原告代理人には寺岡造船の経営・財務状態を正確に把握することは不可能であった。また、寺岡造船は、本件造船契約の条件として、本船の引渡前に原告が代金の六〇パーセントを支払うことを要求しており、原告にとって危険の大きい取引であった。そのため、原告は、寺岡造船に本件造船契約の履行に必要な財務能力があるか否かを判断するために、原告を受益者とする無因保証の性質を有する保証状を一流銀行から取得することを寺岡造船に要求したのである。被告は、このような事情を認識し、また、寺岡造船から本件造船契約の内容や交渉経過を確認したはずであるから、原告にとって本件保証状が寺岡造船に造船意思及び能力の有無を判断する決定的な要因となり、本件造船代金前払金を支払う決定的な理由となることを理解していたものである。被告は、それにもかかわらず、本件保証状を発行し、原告はこれによって本件造船契約を締結したのである。

(四) 結局、被告は、寺岡造船が平成四(一九九二)年六月一九日当時において本件造船契約を履行する意思も能力もないこと、また、本件保証状を発行すれば、原告が寺岡造船に右契約を履行する意思及び能力があるものと誤信して右契約締結に及ぶことをそれぞれ認識していたにもかかわらず、原告を欺罔する意図で本件保証状を発行し、原告をして右誤信させて本件造船契約を締結するに至らしめたものである。

2 (原告の被った損害)

原告は、本件造船契約を締結したことにより、以下の損害を被った。

(一) 本件造船代金前払金

六億三八〇〇万円

(二) 逸失利益

三億六五三〇万九九〇〇円

原告は平成六(一九九四)年二月一日から本船を使用して営業を行う予定であり、それ以降一〇年間本船を使用して収益をあげる予定であった。右期間内に原告は平均して一年あたり一一七万六一二三米ドル程度の利益を得ることができると見込まれる。右額に基づいてホフマン係数により年五パーセントの割合による中間利息を控除すると、本船を使用する予定であった一〇年間に原告が得るべき営業利益の総額は約927万2735.6米ドルとなり、平成六年二月一日現在の為替相場により日本円に換算すると、約一〇億〇三三〇万九九九〇円となる。他方、原告は本件造船代金一五億九五〇〇万円を支払う必要があるが、右期間経過後は本船を他に売却する予定であり、その売却価格は本件造船代金の六〇パーセントと見込まれるから、結局、原告は右代金の四〇パーセント相当額である六億三八〇〇万円を負担することになり、右営業利益の総額からこれを控除すると、原告が得るはずであった営業利益は三億六五三〇万九九九〇円となる(なお、原告は、三億六五〇三万九九九〇円と主張するが、違算によるものと認める。)。

3(法定重利の組入)

原告は、平成八(一九九六)年七月四日に被告に到達の書面により、被告に対し、本件不法行為に基づく損害賠償債務の履行を催告するとともに、同月一二日までに遅延損害金の支払がない場合には右催告の到達日までに発生した遅延損害金について同月一二日において損害賠償債務元本に組み入れる旨を通知した(以下「通知②」という。)。

原告が、右通知により元本に組み入れた遅延損害金の額は、造船代金前払金に関する損害について一億〇六六六万七三九七円(その内訳は別紙(二)のとおり)、逸失利益に関する損害について四四一八万七四九六円であり、前払金に関する損害と右遅延損害金の合計は七億四四六六万七三九七円であり、逸失利益に関する損害と右遅延損害金の合計は四億〇九四九万七四八六円である。

(結論)

よって、原告は、被告に対し、本件保証及び日本国民法四〇五条に基づき、七億九〇一六万三五〇七円及びこれに対する通知①が被告に到達した日である平成八年二月二三日から支払済みまで年八分の割合による利息金並びに不法行為に基づく損害賠償請求権及び日本国民法四〇五条に基づき、一一億五四一六万四八八三円及びこれに対する通知②が被告に到達した日である平成八年七月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものである。

ただし、保証債務履行請求と不法行為による損害賠償請求のうち前払金に関する部分とは請求権競合の関係にあり、かつ、前者の金額が後者のそれを上回るので、結局本件請求金額は、保証債務履行請求の金額と、不法行為に基づく損害賠償請求のうち逸失利益に関する部分の金額にそれぞれの法定重利による元本組入額を合計した金額の合計一一億九九六六万〇九九三円となる。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

(認否)

1 保証債務履行請求について

(一) 請求原因1のうち、(二)の支払条件は否認し、その余の事実は認める。

(二) 同2(一)の事実は認める。

(三) 同2(二)及び3のうち、原告の主張する各内容の書面が、その主張する日時に被告に到達したことは認めるが、その効果についての主張は争う。

2 不法行為に基づく損害賠償請求について

(一) 請求原因1のうち、原告が寺岡造船と本件造船契約を締結したこと、被告が本件保証状を発行したこと、寺岡造船が和議を申し立てたことは認めるが、寺岡造船に本件造船契約を履行する能力も意思もなかったこと、被告が本件保証状を発行するにつき、原告を欺罔する意図があったことは否認する。

(二) 同2の損害額は争う。

(三) 同3の書面が被告に送達されたことは認めるが、その効果についての主張は争う。

(主張)

1 保証債務履行請求について

(一) 被告の本件保証状に基づく支払義務は発生していない。

(1) 本件保証状の三頁には、「PRO-VIDED ALWAYS THAT(ただし、次のことを常に条件とします)」の文言に続けて「①買主又は造船者が、本件造船契約に基づき、前払金の返還債務に影響を与えるべき事項を仲裁に付託し、かつ②造船者敗訴の最終裁決がされ、かつ③かかる裁定がされてから七日以内に造船者が原告に対して裁定に定められたとおりの返還金を支払わない場合には、被告は、いつにても原告の要求により、七日の期間が経過してから一四日以内に原告に対してかかる裁定をされた返還金を支払う。」との記載がある(以下、右請求手続を「第三頁請求」という。)。すなわち、本件保証においては、造船契約の当事者間で返還金債務について争いがあり仲裁手続がとられた場合には、第三頁請求による支払手続により、仲裁手続がとられていない場合には、第二頁請求による支払手続によることとされているのである。

(2) 本件においては、原告が、平成五(一九九三)年一一月三〇日、ロンドンにおいて寺岡造船を相手として仲裁を申し立てているのであるから、第三頁請求のみが可能であるところ、造船者敗訴の最終裁定がされていないから、被告の支払義務は発生していない。

(二) 仮に、原告が、第二頁請求の手続により、被告に対して直ちに本件保証の履行を求めることが可能であるとしても、本件保証は以下のとおり、無因保証ではなく、原因関係である本件造船契約により寺岡造船が原告に対し造船代金前払金の返還義務を負うことを前提とするものである。

(1) 無因保証は通常の保証における請求者の負担を排除したものであるから、通常のものでないがゆえに、明確明瞭な文言によって原因契約等と無関係に支払が行われることが契約中に示されることが必要である。英国の判例(例えば、英国貴族院におけるトラファルガー・コンストラクションズ事件一九九五年六月二五日判決《以下「トラファルガー判決」という。》)においても、「無条件で(保証する)」との文言が無因保証かどうかを判断する上で大きな意味を有するとされているのである。

しかるに、本件保証状には「貴社が造船者に対して前記前払金を支払うことを約因として、署名者たる当行は本状をもって以下に定める条件により、本件造船契約の規定に基づいて支払われるべき総額の九億五七〇〇万円の全部または一部(中略)の支払義務が発生した場合には、造船者の貴社またはその承継人に対する前記金銭の返還を取消不能にて保証する」との文言が記載されており(二頁第五段落)、無因保証であることを示す文言は全くないのである。かえって、「主たる契約の条件に従う」との文言が挿入されているのであるから、本件保証状による保証債務の履行は無条件のものではなく、主たる契約である本件造船契約の造船者が造船代金の返還義務を負うことを前提としていることは明らかである。

(2) 前記のように、本件保証状においては、造船契約の当事者間に前払金返還債務の有無について争いのある場合に、仲裁手続を経ることを前提として第三頁請求が規定されているが、このこと自体、本件保証が無因保証ではないことを示している。

(三) なお、寺岡造船には、本件造船契約に基づく前払金返還債務はそもそも発生していない。すなわち、本件造船契約は、同契約により買主に特別に契約解除権を与えている条項のいずれかにしたがって買主が解除権を行使したときに、前払金が返還される旨規定しているところ(本件造船契約書《乙六》第一〇条)、造船者が和議を申し立てた場合に買主に解除権を与える条項は本件造船契約にはなく、英国法にもかかる権利はない。本件造船契約が履行されなかったのは、原告が進水時に寺岡造船に支払うべき前払金を支払わなかったため、寺岡造船が有効に本件造船契約を解除したためである。

2 不法行為に基づく損害賠償請求について

(一) 保証人が保証契約を締結したことが不法行為となり責任を生じるのは保証の意思や能力がないのに保証をした場合であり、本件保証は造船者の造船能力を保証したものではないから、寺岡造船の造船能力や財務状態の如何は不法行為の成立には無関係である。したがって、本件において、被告に不法行為責任が生じることはあり得ない。

(二) なお、本件造船契約当時、寺岡造船は本件造船契約を履行する能力を有していた。すなわち、寺岡造船は、平成六(一九九四)年一〇月一三日、オール・アンド・カンパニーと造船及び売買契約を締結し、本船を完成させて、平成七(一九九五)年六月五日、同人に引き渡したのである。したがって、被告が寺岡造船の財務状況及び造船能力から本件造船契約の履行が不可能であると認識していたことはあり得ないし、また、金融機関である被告が寺岡造船の債務不履行による出捐を覚悟して本件保証状を発行するはずがないのである。

3 法定重利の主張について

原告は日本法に基づき法定重利の主張をするが、利息は元本債権に付随するものであることから当事者による明示の準拠法指定がなくても元本債権の準拠法によるとされているところ、本件保証状の準拠法は英国法であり、法定重利について日本法を準拠法とするという別段の合意がない以上、法定重利に関しても英国法が準拠法となる。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  保証債務履行請求について

(一) 第二頁請求と第三頁請求の関係について

(1) 本件保証状三頁冒頭には「PRO-VIDED ALWAYS」と記載されているところ、右文言について、右文言に導かれる部分はそれ以前の部分に対するただし書を挿入したのではなく、それとは別個独立の合意内容を規定したものであると英国控訴院及び貴族院が判断した例がある(英国貴族院エガム・アンド・スティンズ・エレクトリシティ・カンパニー・リミテッド対エガム・アーバン地区参事会事件判決《甲一六、以下「エガム判決」という。》)。本件においても、第二頁請求と第三頁請求とは、それぞれ請求のための要件、支払義務を負う金額及び支払時期において異なっているから、右判例と同様に解釈されるべきであり、第二頁請求は第三頁請求とは別個独立の請求であるから、第三頁請求の要件が満たされない場合であっても第二頁請求の可否には影響を及ぼさないと解するべきである。

(2) なお、仮に、第三頁請求の条件が満たされた場合には、第二頁請求ができなくなるとしても、本件では、英国における仲裁手続が係属中の状態であり、第三頁請求の三つの要件を満たしていない以上、第二頁請求の行使は妨げられない。

(二) 本件保証が無因保証であることについて

(1) 無因保証は必ずしも「無条件」との文言を必要としない。英国の判例においても「無条件」との文言が記載されていない保証状について無因保証であると認定された例はある(例えば、英国女王座部《商事裁判所》シポレックス・トレード・エス・エイ対バンク・インドスエズ事件判決《甲九、以下「シポレックス判決」という。》、英国控訴院イーサル《コモディティーズ》リミテッド及びレルター・リミテッド対オリエンタル・クレジット・リミテッド及びウェルズ・ファーゴ・バンク・エヌ・エイ事件並びにバンク・デュ・カイロ・エス・エイ・イー対ウェルズ・ファーゴ・バンク・エヌ・エイ事件判決《甲一〇、以下「イーサル判決」という。》、英国控訴院ハウ・リチャードソン・スケール・カンパニー・リミテッド対ポリメックス・シーコップ及びナショナル・ウエストミンスター・バンク・リミテッド事件判決《甲八、以下「ハウ・リチャードソン判決」という。》)。

また、「主たる契約の文言に従う」という文言が存在しても、無因保証であると認めることの妨げとはならない。英国の判例の中にも、「契約条項に従い」ないし「契約に基づき」との文言が記載された保証状が無因保証であると認定されたものがある(エガム判決)。

(2) 本件保証状による支払請求を行うためには書面の提出が必要である旨規定されているが(二頁最終段落)、原告が前払金請求権を取得するに至った事情については「簡略な記載」しか要求されていないことからみても、本件保証状による支払請求は原因関係とは無因であると解するべきである。

2  不法行為に基づく損害賠償請求について

(一) 寺岡造船が平成七(一九九五)年六月五日に本船を完成させて買主に引き渡したとしても、その仕様や用途は不明であり、また、原告が本件造船契約に基づいて支払った前払金を取得していたから代金を減額して完成や売買が可能となったというにすぎず、本件造船契約当時、寺岡造船に造船能力があったということはできない。

(二) 原告が不法行為として主張しているのは、被告による本件保証状の発行であって、その後の事情である原告と寺岡造船との間の本件造船契約の解除の事実は、不法行為の成立とは関係がない。

3  法定重利について

法定重利は、発生要件、法律効果のいずれにおいても元本の使用の対価である利息とは全く異質なものであり、元本の準拠法が当然に適用されるわけではない。むしろ、日本の銀行実務においては、利息制限法適用を回避するために、元本債権について日本法が準拠法となる場合であっても、利息債権独自の準拠法を指定することも考慮されているのである。本件においては日本法による法定重利の発生を阻止する事情はなく、民法四〇五条の要件を満たせば法定重利を請求しうることは当然である。

四  被告の抗弁(保証債務履行請求に対し)

本件保証状の有効期間は、原告への本船の引渡完了時または平成六(一九九四)年八月三一日のいずれか早い時点までである(本件保証状三頁(ⅱ))。右有効期間内に原告から適正な請求がなされなければ、本件保証状の効力は自動的に消滅する。原告は本件造船契約について仲裁を申し立てているが、平成六(一九九四)年八月三一日までに仲裁において寺岡造船に対する勝訴裁定を得ることができていないから、原告から被告に対し本件保証状に基づいた適正な請求があったとはいえず、被告の保証債務が発生しないまま右有効期間を経過したのであるから、本件保証状は失効した。

五  抗弁に対する認否

本件保証状に被告が主張する有効期間の記載があることは認める。

しかし、原告は本件保証状の有効期間内である平成六(一九九四)年六月一五日被告に到達した書面によって第二頁請求を行っているから、本件保証状の有効期間が到来したとの被告の主張は意味がない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  本件の裁判管轄及び準拠法について

一  本件は、パナマ共和国法に基づいて設立され同国に本店を有する原告が、日本法に基づいて設立され日本に本店を有する銀行である被告に対し、保証債務の履行及び不法行為に基づく損害賠償を求めている事案であり、いわゆる渉外事件である。

二  (裁判管轄)

裁判管轄については、原・被告間に本件保証に関する訴訟事件については当裁判所の専属管轄に服する旨の合意があるから(甲一)、本件の保証債務履行請求及び被告が本件保証状を発行したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求について、いずれも当裁判所の裁判管轄を認めることができる。

三  (準拠法)

保証債務の履行請求は保証契約の効力の問題であるから、当事者の意思により準拠法が定められるところ(法例七条)、本件保証については、原・被告間に英国法を準拠法とする合意があったことが認められるから(甲一)、本件保証債務履行請求については英国法が準拠法となる。

不法行為に基づく損害賠償請求については、原因たる事実の発生した地の法が準拠法となるところ(法例一一条一項)、原告は、被告が本件保証状を発行したことが不法行為にあたると主張しているのであり、本件保証状は日本において発行されたことが推認できるから(弁論の全趣旨)、日本法が準拠法となる。

なお、原告は法定重利の請求をしており、右請求の準拠法も問題となるところ、利息ないし遅延損害金債権は主たる債権に付随するものであり、重利はその主たる債権に付随する利息ないし遅延損害金債権についてさらに発生する利息ないし遅延損害金の問題であるから、これにつき当事者が格別の準拠法を指定するなど特段の事情のない限り、主たる債権の効力に関する準拠法によるものと解すべきである。これと異なる原告の主張は採用できない。そして、本件においては、右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、保証債務に関する重利については英国法、不法行為に基づく損害賠償に関する重利については日本法がそれぞれ準拠法となると解すべきである。

第二  保証債務履行請求について

一  請求原因1の事実は、同(二)の支払条件を除いて、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件保証状の第二頁請求手続に基づき保証債務の履行を請求するところ、被告は、本件保証状に基づく支払債務が発生していないと主張するので、検討する。

1  本件保証状には次の記載がある(甲一)。

(一) 貴社(原告)が造船者に対して前記前払金を支払うことを約因として、署名者たる当行(被告)は本状をもって以下に定める条件により、本件造船契約の規定にしたがって支払われるべき総額の九億五七〇〇万円の全部または一部及び右金額に対する(上記により計算される)利息の支払義務が発生した場合には、造船者の貴社またはその承継人に対する前記金銭の返還を取消不能にて保証する(二頁第五段落)。

(二) 造船者が本保証状が保証する金額を一部でも期限に支払わない場合には、貴社は、当行に対して、本状に基づく支払を請求する書面を提出するものとする。(中略)かかる請求書の到着から二一日以内に、署名者たる当行は貴社に対して、上記に従って計算された当行の支払日までの利息を含めて、造船者から支払を受けるべき金額の全額を支払う(二頁最終段落、第二頁請求部分)。

(三) ただし(PROVIDED ALWAYS)、①買主または造船者が本件造船契約第一三条に基づき前払金返還義務に影響を及ぼすべき事項を仲裁に付し、かつ、②造船者敗訴の最終裁定がされ、かつ、③右裁定後七日以内に造船者が右裁定で定められた返還金を貴社に支払わない場合には、当行は、いつでも、貴社の請求により、右七日の期間が経過してから一四日以内に、貴社に対して右裁定による返還金(ただし、本保証状の保証限度額の範囲内で)を支払う(三頁第一段落、第三頁請求部分)。

2(一)  右約定は、保証債務の履行請求手続としては、原告が造船者による前払金返還がなかったこと等を記載した書面を被告に提出して保証債務の履行を請求することで足りるとする(第二頁請求)。しかし、また、右債務は、寺岡造船が原告に対し本件造船契約に基づく造船代金前払金返還義務を負うことを前提とするものであって、寺岡造船の右義務の存否または内容について争いがあり、仲裁に付された場合は、仲裁判断により寺岡造船が負うべき義務が最終的に裁定されたことを条件とし、原告の請求により、その裁定された返還金を支払う(第三頁請求)との趣旨を約定していると解するのが相当である。

(二)  そうだとすれば、寺岡造船の原告に対する前払金の返還義務についての争いが仲裁手続に付されている場合には、まず、第三頁請求の手続により、仲裁裁定によって寺岡造船の原告に対する前払金返還義務の内容の確定を経ることが必要であるというべきである(乙三、八参照)。そして、寺岡造船の原告に対する前払金の返還義務についての争いが仲裁手続に付されているから(当事者間に争いがない)、原告が被告に本件保証の履行請求をする場合には第三頁請求の手続を経る必要があるところ、右仲裁手続において未だ最終裁定がされていないのであるから(当事者間に争いがない)、被告の原告に対する本件保証状に基づく支払義務は発生していないといわざるを得ない。

3  原告は、本件保証は原因関係の影響を受けない無因保証であり、また、「PROVIDED ALWAYS」との文言は、第二頁請求に追加して第三頁請求を認める趣旨であるから、第二頁請求と第三頁請求とはそれぞれ独立したものであり、原告が第二頁請求に定める手続を履践すれば被告は保証債務を履行しなければならないと主張する。

そこで、これらの点について検討する。

(一)  無因保証は、保証人たる銀行が原因関係上の抗弁を放棄し、その危険負担において受益者の権利行使を簡便容易にするものであり、保証人たる銀行にとっては危険性の大きいものであるといえる。したがって、「無条件で」など無因保証であることを明確に示す文言が使用されていない限り、その保証状は無因保証ではなく、原因関係に付随したものと解するのが当事者の合理的意思に沿うものといえる。前記トラファルガー判決も、「保証契約中で当事者は意図すれば、保証の通常の負担のいくつかを除外することができることは明白である。しかし、当事者がそうすることを選択した場合、契約における通常の法律上の結論を変えるためには、明確明瞭な文言が使われなければならない」とし、その例として、ヒュンダイ・ビルディング・アンド・ヘビー・インダストリィズ・コーポレーション・リミテッド対ポアナラス事件の保証状で使われていた「買主から貴社に対し、すでに支払われるべき金額、あるいは将来支払われるべき金額を、撤回不能でかつ無条件で保証する」との文言を挙げており(乙三参照)、英国判例上も「無条件で」など原因関係からの独立を明確に示す文言が無因保証かどうかを判断する上で重要な意味を持つことは明らかである。

そこで、本件保証状をみるに、原因関係と無関係の保証であることを明確に示す文言はなく、かえって、「本件造船契約の規定にしたがって」との文言が挿入され、かつ、「本件造船契約の規定」も特定されて引用されている。したがって、本件保証状は、保証債務の履行を請求するにあたって原因関係の存否を前提とするものであることは明らかであり、無因保証であるということはできない。

原告は、保証状の文言において原因関係である契約の内容等が引用されている場合にも、無因保証ないしそれと同種の無因保証であると認められた例があると主張する。しかし、原告の援用するシポレックス判決及びイーサル判決は、いずれも保証状中に無因保証(パフォーマンス・ボンド)であることが表明されていた事例について、保証債務履行にあたって原因関係の影響を受けないとの判断を示したものであり(甲九、一〇)、また、ハウ・リチャードソン判決は、保証状を発行した銀行が顧客に対して逆補償を要求したことを認定した上で、このような逆補償に裏打ちされた保証については、銀行が原因関係上の事実を主張して保証債務の履行請求を拒むことができないと判断しているのであって(甲八)、本件では被告と寺岡造船の間に逆補償の合意があったという事情は窺えず、いずれも本件とは事案を異にするものといわざるを得ない。

したがって、本件保証が無因保証であるとの原告の主張は理由がない。

(二) 原告は、また、「PRO-VIDED ALWAYS」という文言に関し、エガム判決を援用して、右文言によって導かれる第三頁請求がその前に規定された第二頁請求とは別個独立の合意内容を規定するものであると主張するが、同判決は、「PROVIDED ALWAYS」との文言に導かれる部分が直前に規定された請求条項に対して不可抗力による被請求者の保護を規定している事例についての判断であって(甲一六の1・2、乙四)、本件とは事案を異にするものである。

第三頁請求は、「PROVIDED」(「…という条件で/もし…とすれば」訳されるのが通例である。《乙二》)との文言に導かれている上、先にみたように、本件保証状はその文言から寺岡造船の原告に対する前払金返還義務の存在を前提とするものと解されるところ、第三頁請求は、右義務についての争いに関し、仲裁手続に付された場合のことを規定していることに照らせば、第三頁請求は第二頁請求に関する条件として規定されたものと解するのが相当である。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

三  なお、仮に、原告の本件保証債務履行請求が第三頁請求手続を経る必要がないものであるとしても、本件保証状による保証自体が寺岡造船の原告に対する前払金返還債務の存在を前提とするものであることは先にみたとおりであるところ、原告は右返還請求債務の存在についての主張、立証をしていないから、いずれにしても、原告の本件請求は理由がないことになる。

四  以上のとおりであるから、その余を判断するまでもなく、原告の保証債務履行請求及びこれに関する重利の請求は理由がない。

第三  不法行為による損害賠償請求について

一  請求原因1のうち、原告が寺岡造船と本件造船契約を締結したこと、被告が本件保証状を発行したこと、寺岡造船が和議を申し立てたことは当事者間に争いがない。

二  原告は、被告が寺岡造船が本件造船契約に従って造船をする意思も能力もないことを認識しながら、本件保証状を発行したことにより、原告を欺罔して本件造船契約を締結させ、損害を被らせたとし、右保証状の発行が不法行為になると主張する。

1  そこで、被告が本件保証状を発行するに至った前後の事情をみるに、右争いのない事実及び証拠(甲一、一九、二一、乙六、七、一一、証人清水博)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 寺岡造船は、平成五年九月九日時点での従業員数は協力工を含めて五一名であり、昭和五九年度から平成四年度まで毎期債務超過の状態で、原告と本件造船契約を締結した平成四(一九九二)年度は四五億円以上の債務超過の状態であった。そして、平成五(一九九三)年九月九日、寺岡造船は神戸地方裁判所洲本支部に和議手続開始の申立てを行った。

被告は寺岡造船の取引銀行であり、本件造船契約が締結された平成四年以前から同社の銀行取引約定書を取り付けた上で同社に対して与信取引を行っていた。

(二) 原告と寺岡造船は、平成四年六月一九日、LPG・LAG・VCM運搬船(全長95.55メートル、総ドン数二八三〇トン、タンク容量三〇〇〇立方メートル)の建造を目的とし、造船代金一五億九五〇〇万円で本件造船契約を締結した。

原告の代理人は、本件造船契約締結に際し、寺岡造船が非公開会社でありその財務能力を知ることができなかったことから、寺岡造船を通じて被告に保証状の発行を要求し、被告は、平成四(一九九二)年七月六日、原告に対し本件保証状を発行した。

(三) 寺岡造船は、本件造船契約後、ほぼ予定どおりに本船の建造を行い、前記和議申請時点で本船は進水可能な程度にまで建造されており、原告の申入れにより進水はいったん延期されたものの、同年一一月一五日、進水式が行われた。

(四) その後、原告及び寺岡造船はそれぞれ本件造船契約を解除する旨の意思表示をしたが、寺岡造船は新たな買主と造船契約を締結し、本船を完成した上で新買主に引き渡した。

(五) 寺岡造船は、平成五年八月までは、和議を申し立てる意思はなく、本件造船が順調にいけば同年一〇月初旬には進水して前払金約三億円を得ることができ、同年内には竣工して残代金六億三〇〇〇万円を入手できる予定であったし、新造船受注も近々に確定すると見込んでいた。しかし、同年九月に入り、原告が倒産寸前という裏情報が入り、原告からの残代金入金が見込み薄となり、銀行の融資をもってしても局面打開困難と考えて和議申立てを決意した。

2  右認定事実によれば、寺岡造船の財務状態は良好ではなく、結局、和議の申請に至ったのであるが、和議申請に至る前記事情をも勘案すれば、また、寺岡造船は、実際に本船を進水させていることからも、右財務状態のみから直ちに寺岡造船に本件造船契約当時、造船能力がなかったということはできない。そして、被告にとって、九億円を超える保証債務負担の危険を冒してまで原告を欺罔して本件造船契約を締結させるべき動機ないし理由は見出し難いことからも、被告が本件保証状の発行当時、寺岡造船に造船の意思及び能力のないことを認識しながら、原告を欺罔して損害を与える目的で、本件造船契約を締結させるために本件保証状を発行したものと認めることは到底困難である。

三  したがって、その余を判断するまでもなく、原告の不法行為に基づく損害賠償請求及びこれに関する法定重利の請求は理由がない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤西芳文 裁判官甲斐野正行 裁判官井川真志)

別紙〈省略〉

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